豊橋・納涼即売会の噴水

 「ハイ!大部分の男子は之れを見て催すと思ひますハッハッ」(豊橋警察署風紀係鈴木巡査・談)
 
 東京で野外に置かれたヌード彫刻のはしりは、彫刻家本郷新の昭和25年(1950)の作品「汀のヴィーナス」であるという。大理石の台座に裸身を横たえ、クリスマスの上野駅前に現れたヴィーナスから遡ること18年。愛知の豊橋では、わずか一週間足らずではあるが、街角にヌード彫刻の噴水が現れ物議を醸した。
 
 昭和7年(1932)7月、豊橋商工協会による毎年恒例の納涼即売会。暑さ厳しい折、協会は納涼効果と宣伝効果を見込んで会場に噴水塔を設置することを決めた。開会は7月20日、会期は一週間。設計を任された市の水道課は47円を投じ、大胆にも公道に面する会場に全裸の女性像を持ってきた。
 
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『名古屋新聞』中部日本版、昭和7年7月22日
「エロスの女神へ警察が一槍/豊橋水道課が知恵を絞つた噴水も遂に取壊しか」
 
 台石の上に、等身大の一糸まとわぬ美女が右手を高々と掲げ空を仰ぎ、右膝を軽く折ってポーズを決めている。水しぶきを浴び、いっそう色めく裸体の女神に、さっそく開会の翌日には「公道に接した場所には余りエロを発散し過ぎる姿である」(『東海朝日新聞』、7月22日)と豊橋警察署が動き出した。しかし、豊橋警察署も一枚岩ではない。撤去論と容認論が渦巻き、風紀係・鈴木巡査から県警察の保安課へ電話でお伺いを立てた様子を『豊橋大衆新聞』が再現している(7月23日)。
 
  鈴木「アアモシモシ、ハイそうであります、一糸纏わぬ全裸体の女人像であります」
  県警「………」(県警察の聞いてゐることは勿論解らない)
  鈴木「ハイ実によく出来ております、フツクラとした乳房から腰部の曲線美……」
  県警「………」
  鈴木「ハイ!大部分の男子は之れを見て催すと思ひますハッハッ」
 
 なんだかやけに愉快なやり取りだが、元記事が「誤詩府」、つまりはゴシップと謳うコラム記事であるからして、書かれた鈴木巡査には災難だが、真相はわからない。しかし、豊橋警察署から召喚され、内々に撤去の打診を受けた水道課も「折角一般の大喝采を博し好評サクサクたるものだから」と非常に惜しがったというから、言い方はともかく、催す男子は少なくなかったのかも知れない。ちなみに、保安課の回答は「見る人によつて考へが異るが、感情を催すものが多いといふ程度の代物ですから――」と、寛大なものだったらしい(『名古屋新聞』中部日本版、7月22日)。
 
 と、騒ぎの一部始終を追いかけてきた各紙であるが、肝心の結末は伝えていない。もっとも、「鈴木巡査だって催しているではないか」などと言われた日には、とても撤去どころではなかっただろう。