「驚く可き噴水量」

△涼しいが贅沢な噴水
△各自水を濫費するな

 昨今の炎熱は実にひどい、人の心は自ら水を思う、従って水道の使用量も日に増加して此のまま推し進めば給水の限度なる八百万立方尺を超えて遂には全市に亘る断水を見るの虞があるという、そこで市長は各区長に此の旨を通達し区長は水道係に命じて之を各戸に伝えたが此の際市民は各自に注意して尊いものを空費せぬように戒めなければならない、しかし水道の○については過日『水』の欄に詳しく記したから諸君の再読を乞うこととしてここには水道の使用として贅沢な方面ともいうべき噴水のことについて調べてみよう

▲市内の大噴水
 市内において噴水というべきものはそう夥しくはないが大きいものではまず日比谷公園の鶴の噴水と浅草公園龍神の噴水であろう、両公園には尚この他に一つづつ小さいのがある、靖国神社内には鯉の噴水があり芝公園には蓮池にあるがこれは紅葉の瀧と共に夏は中止することになっている、また市中で最大な噴水は東宮御所に二つあるが之は平常御使用にならない

▲一日七百円の水 (注:「一日」ではなく「一月」の間違い)
 日比谷公園の鶴の噴水は四阿に憩い池畔に佇むものに無限の涼味をあたえてくれるが其の噴水量は三分間に凡そ一立方米突で一立方米突の料金が金十銭であるから一時間に金二円、一日十二時間噴水せしめると実に金七百二十円となる、愕くべきではないか、腰ベンなどは二ヶ年間こつこつと労働してもこれだけの月給はえられないのである

▲鶴と龍神の比較
 この鶴の噴水は淀橋貯水池から高圧によって送水するから低地区域の日比谷においても其の水勢は実に勇ましく従って噴水量も夥しい訳だが浅草公園龍神は噴水孔は鶴より多いが圧力が少いので噴水量においては殆んど軒輊がない、寧ろ少いかも知れぬという、又、日比谷公園の古い池の噴水は水量を成るべく少くするために水禽等の口から噴かせることをやめて一昨年現今のように変えたから鶴と比べると其の四分の一にも足らない、浅草大池のもやはり龍神に対して同比例をなすそうな

▲海月型と朝顔
 噴水器も近来種々新形が造られたようであるが最も普通なのは海月型といって円形の台の周囲から迸るもの、朝顔型といって朝顔の花冠の中から垂直に高く昇るもの、及び万字型が回転して飛沫を四方に散らすものなどであろう、鶴の噴水には朝顔型と万字型とを用い、龍神の噴水には朝顔形と海月型とを使ってあるが、浅草のは鉄管を開閉するために海月型に水垢が溜って仕ようがない

伏見宮邸の噴水
 個人の庭園などにも随分噴水はあるが装置のすぐれたものとして挙ぐべきは麹町葵町の大倉邸のものと芝高輪の渡邊伯邸のであろう渡邊伯邸のは岡崎雪声氏が鋳造した、また伏見宮邸にもあるが先年同邸の家令から市に対して何とか噴水量の少くなる工夫はあるまいかという相談があった、これは料金が毎月嵩むので宮内省から苦情が来て困るというのであったが其の事情は宮殿下が朝晩青芝の上などを御逍遥の際お手づから水止栓をおひねりになって園内の涼味を賞したまうからでさりとて噴水孔を自由に小さくし大きくすることもならず、これは今日もこのままになっているが毎月の御使用量は実に二千立方米突に達するという


読売新聞 大正2年(1913)8月8日