日比谷ダイビルの噴水

 東京・日比谷の森にほど近いビルの森の一角に珍獣棲まう森がある。ビルの正面に、側面に、ビル前の広場に、と至るところで珍獣の姿が確認できる。トラともクマともキツネともつかぬ奇怪な相貌の彼らが棲む森の名は「日比谷ダイビル」という。大正12年(1923)創業の日本のオフィスビル業のパイオニアダイビルは、古くは「大阪建物」、さらに古く創業時は「大阪ビルヂング」を名乗り、ここに「大ビル」すなわち「ダイビル」の名は由来する。
 
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トラともクマともキツネともつかぬ
 
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トラともクマともキツネともつかぬ
 
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僕はブタです
 
 現在の日比谷ダイビルは、こげ茶色のスクラッチタイルに包まれた古き良き「ビルヂング」からシャープな「ビルディング」へ、建て替え工事を経て平成元年(1989)に完成した新ビルである。珍獣諸氏は昭和2年(1927)に完成した旧ビル、第1号館の6階・7階の壁面を飾っていた獣面で、ビル自体、「お面のビルディング」と称せられ有名であったという(後述の社史による)。建て替えに合わせて彼らは高層階から低層階に移り住んだ。さらに6頭はビル前の広場で噴水として活躍し、オフィス街のオアシスとなっている。
 
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東京建築探偵団『スーパーガイド 建築探偵術入門』の表紙を飾る往時の珍獣諸氏

 大阪建物時代に刊行された社史『大阪建物株式会社50年史』(昭和52年)に、甲斐谷利子さんという女性が語ったエピソードとしてこんな話が紹介されている。題して「護国の面」。
 
 何でも聞けばうのみに信じた頃の話ですが、「もしビルで火災が起きた時には、1号館を飾るあの護国のお面の口からいっせいに水が滝になって落ちるのだ」と言うのです。誰かユーモリストが若い私をからかったのかも知れませんが、何となく楽しい夢のような話として信じてまいりました。本当の話かどうか、一度滝を見たいものだと思います。もちろん予行演習の意味で……。
 なお、護国の面の呼称は私自ら勝手に付けたものでないことは確かですが、正式な呼び名かどうかはっきりしません。
 
 なんと。珍獣、珍獣と書いてきたが、珍獣だなんてとんでもない。彼らは、某怪獣映画の「護国三聖獣」ならぬ「護国ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ、む…聖獣」だったのである。そして、ビルヂング存亡の危機には水を噴くという伝説まであったという。甲斐谷さんも社史の執筆者も、よもや、午睡を楽しむオフィス街のサラリーマンの横で、毎日のように護国の面が口から穏やかに水を噴く時代が来るとは予想していなかっただろう。この話を知る関係者の粋な計らいだったのだろうか。
 
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