【メモ】舞鶴城公園(甲府城)の鶴の噴水

 すぐに設置時期が判るかと思いきや、なかなかたどり着かない舞鶴城公園の鶴の噴水。1935(昭和10)年の年賀状にイラストとして書かれており、少なくとも1935年以前に設置されたことは確かだ。1985(昭和60)年の再建時に作られた石碑(「舞鶴の噴水再現移置について」)の碑文にある「大正天皇御即位記念として謝恩碑の東側の池にありました」という言葉を手がかりに『山梨日日新聞』で設置時期を調べ始めた。

 まず考えたのは大正天皇即位式が行われた1915(大正4)年。「御大典記念」としてこの年に作られた噴水は少なくない。しかし、それ以上調査範囲を絞り込むアイディアが浮かばず、やむなくしらみつぶしに読み進めた。その結果、現時点で山梨日日新聞』の活字の海からサルベージできたのは、こんな読者投稿だ。

 「市水道課では貯水池の余り水を以て市内両公園に噴水を設置しては如何(一市民)」(1915年7月2日付

 1915年当時、山梨県内で市制を施行していたのは甲府市だけなので、ここでいう「市内」は甲府市内である。甲府市内において名前を出さずとも「市内両公園」で通じるような二つの公園といえば、やはり舞鶴城公園と太田町公園をおいて他にないだろう。投稿主の勘違いでなければ、「これから噴水を設置してはどうだろう」という以上、1915年7月の時点では両公園に噴水はなかったと考えるのが自然だ。つまり、舞鶴城公園に鶴の噴水が置かれたのは、1915年7月以降という可能性が高い。高いが、さてこの先どうするか。

 ちなみに1915年11月の投稿欄には、「甲府中学校前の噴水は一番目に付く所だけに永久にあの儘にして置いて貰いたいものだ当局に望む(一市民)」、「噴水は実に見て居て気持が好い(詩人)」という、噴水にまつわる投稿が2件並んでいるのを見つけた(11月14日付)。この日の投稿欄は御大典の奉祝に関する投稿、市中の奉祝イベントや装飾に関するものを集めており、この噴水は御大典を記念して作られた可能性が高い。一体どんな噴水だったのだろう。もっと気になるのは「第十銀行前のゴリラは確かに一見して置く価値がある」という投稿なのだが。

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舞鶴公園」絵葉書

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「(甲府市舞鶴城公園の一部」絵葉書

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「謹賀新年 昭和十年 元旦」絵葉書