鶴は千年、亀は万年①

 明治41年8月、山形市会は明治41年度の追加予算として6,908円を計上し可決した。追加予算の9割強、6,551円は臨時費として計上されており、その内訳として「役所費」「土木費」「教育費」などの項目が並んでいる。支出の中味を見ると、土木費は「香澄町木の実小路ホテル前通外五線路の改修及び六日町鈴木治助氏前通外十二ヶ所の橋梁架替等」、教育費は「市内四小学校並に元女子高等小学校の板塀屋根その他の復旧」、さらに「山形市役所にては………二千余円を以て大修繕をなすことを決したる」とあり、この時期に市内各地で臨時の改修工事が集中していることがわかる。


 これは、東宮(皇太子、のちの大正天皇)が東北行啓の一環として9月に山形を訪れることを受けて発足した事業であった。奉迎は質素を旨とすべしというお達しもあったようだが、千載一遇の光栄とばかりに官民挙げた大改修になったようである。


 先の臨時費には「公園費」という項目が含まれており、この公園費で千歳公園(現・薬師公園)の池に噴水器を設置することになった(山形実業新聞,明治41年8月16日及び8月22日)。