私しや豊後の別府の生れ

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 人語をあやつり戦災や天変地異を予言するという半人半牛の妖怪、「クダン」の剥製であろうと推測するが、あまりに奇っ怪な姿に絶句する。猿とも犬ともつかぬ、毛に覆われた白い不気味な顔の下には、黒い牛の頭がある。双頭の「クダン」なのだ。からだはホルスタインだろうか。鮮やかな白と黒のコントラストが、悪夢から抜け出してきたような容姿をさらに薄気味悪くしている。かつて別府の八幡地獄にあったという怪物館の剥製や近年、『新耳袋』の著者である木原浩勝氏が入手された剥製とは全く姿形が異なる。


 葉書には「私しや豊後の別府の生れ」という、別府で製作されたことを匂わせる文句が記されているが、それ以上のことは判らない。しかし、史実に全く痕跡が見当たらないかというと、意外や意外、「まさにこの絵葉書の剥製こそ、”くだんのクダン”なのではないか」と飛びつきたくなる話がある。


 クダン出現の痕跡をたどり、クダンの謎を追った東雅夫氏の「妖獣クダンを追え!」。
クダンの剥製の目撃例を取り上げたくだりで、橋爪紳也氏の『化物屋敷』にある「仮設観物場開設願」という文書を引き、大正時代の兵庫県に現れたクダンを紹介している。


 これ(*仮設観物場開設願)は大正十五年(一九二六)八月に、兵庫県城崎郡豊岡で催された見世物興行の仮設小屋建設に際して官憲に提出された文書一式で、その中に次の記載が見える。

 一、模型ノ件
 頭二ツ上人間下牛、身体牛
 製作者大分県別府市西立田町  標本制作所 道場小太郎氏   (『妖怪伝説奇聞』)


 別府で作られた、身体は牛、人間と牛の二つの頭を持つ「模型ノ件」―――。これで飛びつくのはまだ早い。
絵葉書を裏返すとそこには「神戸 山根写真館調製」とある。この絵葉書は同じ兵庫県内の神戸で作られたものなのだ。

 つまり、こうだ。

 豊岡で催されたクダンの見世物興行。別府でこしらえた双頭のクダンをたずさえた興行師は豊岡に向かう前、興行で売りさばくことを当て込んで、クダンの絵葉書を神戸の写真館で作らせた―――。

 この絵葉書の裏にはそんな話があったのではないだろうか。